◆羽根木公園~松陰神社~豪徳寺

2026年2月26日(木) 曇りのち晴

参加者:5名(女性2 男性3)

 

そんなに寒くはないのですが日は出ておらず曇り空

散策途中で晴れることを期待して出発です

登戸でwさんと合流し、小田急線梅ヶ丘へ向かいます

梅ヶ丘駅から羽根木公園へ  2~3分で到着

 

良かった まだ咲いていました

入り口のしだれ梅が満開です

丘へ登っていきます 梅の香りがして春を感じます

鶯ではなくツグミがいました

公園から橋を渡って入れる梅丘図書館を見学

2月8日にリニューアルオープンしたとのことで、

内部は木の香りもしてとてもいい感じです

カフェやワークショップもあり、

中野島にもこのような場所が欲しいものです

さらに公園を散策

茶室のある古民家風の建物を訪ねてみました

話を聞くと茨城の方から移築した建物とのこと

土間の天井は太い梁や竹を用いた装飾と合わさって

落ち着いた感じです

お見せしたかったのですが、写真撮影禁止とのこと

残念です

ここの柱の継ぎ部で不思議なものを見ました

「四方鎌継ぎ(しほうかまつぎ)」と言って、

4面に同じ形の切り込みがあり、

どうやってつないでいるのか解りません

帰宅してから調べました  なるほど なるほど

(最後に図解を載せます)

羽根木公園を後にして松陰神社へ向かいます

途中の幼稚園脇の河津桜が満開で桜も楽しめました

緑道には沈丁花も咲いていて

確実に春が近づいてきています

 

国士舘大学の脇を通って行くのですが、

中学・高校も一緒の敷地内のようで

とても広い構内です

また、建物も新しく、魅力的な建物もあります

 

松陰神社到着 寒緋桜が咲いていました

本殿へお参りすると本殿奥に丸い鏡があり、

自分が映ります  何か意味があるのでしょうか

自分を見つめなおしなさいとか?

松陰神社鎮座の由来

吉田松陰先生は安政6年10月27日、

安政の大獄に連座し、江戸伝馬町の獄中にて

30歳の若さで刑死されました

その4年後の文久3年、松陰先生の門下生であった

高杉晋作、伊藤博文、等によって

この世田谷若林の地に改葬されました

神社所在地一帯は江戸時代から長州毛利藩藩主

毛利大膳大夫の別邸のあったところで

大夫山と呼ばれていたそうです

明治15年11月21日松陰先生門下の人々が相謀り、

墓畔に社を築いて先生の御霊を祀り

忠魂の鎮座するところとなりました

現在の社殿は昭和二年から三年にかけて

造営されたとのことです

 

境内にある松下村塾を見学

山口県萩の松陰神社境内に保存されている松下村塾の

模築で木材は毛利藩代官屋敷の古材を使用している

とのこと

松陰先生の前で記念撮影  お墓もお参りしました

お腹も空いてきたので昼食場所を探します

神社前におしゃれなレストランがあったのですが

コース料理でお高かったので別のお店を探します

国士舘大学の食堂に入れないかなと

ネットで調べてみると一般の方も利用可能とのこと

入り口脇の警備室で場所を聞いていざ食堂へ

ありました 安い カレー\350 うどん\220

Wさん:生姜焼き\400 sさん:かき揚げ丼\380

他の皆さん:定食\500 ご飯の量が多く、満腹です

食後はきちんとお皿を洗って返却しました

久々の学生気分です

お茶を飲もうとラウンジも使わせていただきました

自販機はいろいろカスタマイズできるように

なっていてちょっと難しかったです

食後は豪徳寺へ

平日なので、それほど混んではいませんが

外国人の方がたくさんいます

豪徳寺の歴史

寛永10年(1633年)に、

世田谷が彦根藩の所領地となり、

文明12年(1480年)に建立されていた「弘徳院」を

彦根藩主井伊家は江戸菩提寺と定めました

その後、万治2年(1659年)2代藩主井伊直孝の法号

「久昌院殿豪徳天英大居士」に因み、

豪徳寺と改称され、

大名家墓所に相応しい伽藍を整え現在に至ります

江戸時代の大名墓所の形態をよく保存し、

周辺では最大規模の国指定史跡となっています

 

豪徳寺と猫

ある日、この地を通りかかった鷹狩り帰りの殿様が、

お寺の門前にいた猫に手招きされ、立ち寄ることに

寺で過ごしていると、

突然雷が鳴り雨が降りはじめました

雷雨を避けられた上に、和尚との話も楽しめた殿様は

その幸運にいたく感動したそうです。

それが彦根藩主の井伊直孝でした

その後、豪德寺では、福を招いた猫を

「招福猫児(まねきねこ)」と呼び、

お祀りする招福殿が建てられました

招福殿には、家内安全、商売繁盛、開運招福を願う

たくさんの参詣者が訪れています

堂内には招福観音菩薩立像が安置されています

 

豪徳寺の招福猫児は小判を持っておらず、

右手をあげています

招福猫児は、人を招いて「縁」をもたらしてくれますが

福そのものを与えてくれるわけではありません

人との大切な「縁」を生かせるかどうかは、

その人次第

報恩感謝の気持ちがあれば、自然とその人のもとに

福が訪れるという教えから、小判を持たず、

右手だけをあげています

井伊家墓所を見学

広い場所で大名のお墓という感じです

ミツマタが満開でした

招福殿をお参りし、招き猫見学です  凄い数です

招き猫を販売しているところもすごい行列です

ほとんど外国人

一番小さい2cmぐらいの高さのものが\500だそうです

豪徳寺を後にして帰路へ

駅までの商店街は猫グッズのお店がいっぱいありました

 

5時間程度の散策でしたが、

いろいろ経験できた楽しい街歩きでした

近場ですので、行かれていない方は時間のある時に

ぜひ行ってみてください

 

「四方鎌継ぎ(しほうかまつぎ)」の構造です

 

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